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[小説 時] [158 危険]

158 危険

 暫くすると、男は自ら立ち上がろうとした。滑稽な努力が続いた。
 しかし、立ち上がることはできなかった。足元が凍っていたし、何よりも酔っていた。それでも、横になった儘でいることはできない事情があったのだろう、何度目かには街灯の支柱に蹲りながら、ゆっくりと立ち上がった。いかにも苦しそうな息使いが聞こえて来る、・・・。支えることも容易ではないのだろう顔を持ち上げて、必死に何かを捜そうとしていた。それは、今の自分を支えることができるものならどんなものにも、それが例え、それまで執拗に忌避しようとして来たものであったとしても、縋り付きたい、・・・そう言っているように見えた。その藁にも等しい目に合うと、消え入りそうな声で、車はまだか、と言った。・・・車は、来ない、・・・。それもほんの一瞬だった。一言に残っていた力の全てを賭けたのだろう、その儘元の位置に倒れ込んでしまった。

あれ程の努力を、何故もう少し早く、してはくれなかったのだろうか、・・・自らの手で、自らの身体で、自らの意志で、・・・何故してくれなかったのだ!・・・望んでいたのは、たったそれだけのことだ、それさえがあれば、こんなことにはならなかったのだ!

 もう一度初めから遣り直さなければならなかった。何度か同じ動作を繰り返す内に、少しづつ状態は良くなって行くようだった。最後には驚く程しっかりと立ち上がった。しかし、身体は意志に耐えられなかった。

 決心が次第に遠退いて行くようだった。あの重い身体を街外れまで運ぶのは、無理なようだ、殆ど人通りがないとは云っても、此処ではあまりに危険が多い、この儘では無駄に時間ばかりが経ってしまう、・・・今日は、諦めよう、・・・今となっては急ぐ理由等何もないのだから、・・・。そうと決まれば、何時までも忌々しい相手に拘っている必要はない、店に戻って車を呼んで貰おう。・・・それで良い、・・・それで、・・・仕方がない!

 首からマフラーを外すと、蹲まった儘の男を抱き起こして街灯の支柱に縛り付けた。殆ど抵抗はなかった。動く様子がないことを見届けてから、店に向かった。

-Aug/1/1999-

・・・つづく・・・



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