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[小説 時] [140 頭痛]

140 頭痛

 席に戻って暫くすると、それまで温めていた自分の席を空ける者が続いた。

 後輩達の杯を交わしながらの話は、まだ年寄りの仲間入りをするには早いと思っている人達に、殊の外厳しい冷や水となって降り注ぐ、・・・。廊下を走ったと云うことだけで教室に入ることを許さなかった数学の教師も、既に、定年で退職したと云うこと、図書館の改築に当たって古い月刊誌が処分されたこと、あの「キネマ旬報」や「世界」のバックナンバーもその一つだったこと、校庭を囲むように並んでいた桜の木が切り倒されると云う噂があること、水漏れのひどかったプールが新しくなること、など、・・・。

 二人揃って徳利片手に席を立った。

 こう云う機会にしか顔を合わせることもない人達は、殆ど例外なく卒業年度と顧問の名前を尋ねる、そして、酒の力で膨らみ切った記憶の中から選りすぐられた話は、淀みない、・・・。幾らか覚えのある人達は、細々とした出来事、・・・。入学した年は桜の開花が遅い年であったこと、二年の夏に野球部は県大会の準決勝にまで勝ち進んだこと、不祥事の責任を取って校長が在学中に二度も代わったこと、など、・・・。

 そして、会員の一人を県の議会へ送り込もうと云う、初めての試み、その経緯、方法、情勢、・・・。挙げ句には、まだ手に入れてもいない狸の毛皮の品定めから、その売値や分配の方法まで、誰もが当事者でもあるかのように、次々に、飽くことなく続いた。

 頭痛がし始めていた。これ以上は危険だと思っていた。しかし、殆ど休むことなく注がれる酒を、断わることはできなかった。

 そして、その男は取り巻きに囲まれて上機嫌だった。

 在郷の連中を相手に高笑しながら盃を操っていた男は、久し振りに顔を合わせる帰省者を見ると、取り巻きの話を制して無言の儘手を差し延べた。どう云う意味があるのかは分からなかったが、応えるように延びた手には、妙に暖かい感触が残った。

 だが、こんなことはこれが最後だ、・・・。

-Dec/6/1998-

・・・つづく・・・



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