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[小説 時] [35 混沌]

35 混沌

 姉が傍にいた。

 大丈夫?
 どうしたの?
 その儘で良いのよ。少し休みなさい。
 何も覚えていない、・・・。
 無事済んだわよ。
 お母さんは?
 後で、・・・。
 起きるよ。
 だめよ!・・・もう少し、そうしていなさい。
 大丈夫だよ。それより、姉さんの方はどうなの?
 わたしのことより、自分の身体のことを心配して、・・・。何か欲しいものはある?
 別にないよ。
 そう、それならもう行くわよ。何か欲しい物があれば、呼んでね。
 何もいらない。
 子供の頃を思い出すわね。良くお風呂場で倒れて、大騒ぎしたでしょう?
 そうだったね。
 無理をしないで。・・・そうだ。背広が届いたわよ。
 背広?
 頼んだんでしょう?
 いや、知らないな。
 そう?・・・じゃ、一体どうしたのかしら。
 お母さんじゃないかな?
 そう、・・・そうね、きっと。

 賑やかな声が聞こえていた。何もすることがなくなった時の、あの、ふっとした静まりを恐れることに由来する騒々しさが、ようやく上澄み始めた頭の中に、飛び込んで来ては駆け回り、そして、飛び出して行った。後には、再び混沌が残った。

 祭の最後の日を、簡単には終わらせたくないと思っている人達と、早く切り上げたいと思っている人達が、淀みなく注がれる酒のためにどちらも汗まみれになりながら、賄いの人達の半日を費やした料理を瞬く間に消化した。これが供養なのかと、・・・しかし、どうして、これも悪くはないかもしれない、・・・。そう考えながら、徳利を持ち席を回った。

 久し振りに合わせる顔があった。話は判で押したように同じだった。一通り済ませてしまうまで耳が持ち堪えてくれるかどうか、それが心配だった。

 陽が沈み始める頃には、それまでの喧噪が嘘のように静かになった。客の帰りを待っていた賄いの人達が、修羅場となった座敷の片付けを始めた。片付けられた後には、又、新たな席が設けられた。そこに役目を終えた賄いの人達が座った。二日の間、飽くことのない胃袋のために、ひたすら動き回っていた人達だった。その人達に代わって、今度は、叔母や姉が動き回った。

 誰もが疲れていた。賄いの人達は簡単に食事を済ますと、申し合わせたように、母の前で掌を合わせ、そして、帰って行った。

 気の遠くなるような時間を費やした最後の一日が終わった。・・・しかし、一体何が終わったのだろうか、・・・この数日間で部屋に染み付いてしまったものが消えるまでには、まだかなりの時間がかかるだろう、だが、それも一日毎に退化していく、それを望まない者があっても、時は、そうしたことを斟酌することはない、そうでもなければ、人は自分の過去に押し潰されてしまうに違いない、・・・と思った。

-Sep/21/1997-

・・・つづく・・・



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