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[小説 時] [179 徒労]

179 徒労

 少しして、若い刑事が戻って来た。そして、本当に伝えたいことが伝わったのだろうかと思える程短い耳打ちが済むと、反応を確かめることもなく、逃げ出すように出て行った。
 休憩を取ることになった。

 この椅子に座ってから、どれ程の時間が経ったろうか、・・・。広い部屋に誰もいなくなると、今度は、緊張感から解放された時の、あの身体全体に伸し掛かって来るような疲労感や、何の脈絡もなく襲って来る記憶の洪水に、耐えなければならなくなった。
 気が付いて、煙草に火を付けると、昨日の酒が胃の中に戻って来た。頭痛がした。・・・帰りたい、もう、此処で話せることは何もない、・・・。

 しかし、暫くして、更に一時間、徒労としか思えないような問答は続いた。

 署長は、結局、顔を出さなかった。その理由の説明もなかった。間違いなく話は通じている、だが、逃げた、・・・。期待していた訳ではなかった。むしろ、何の躊躇いもなく顔を見せるようなことがあれば、これまで築き上げた物語を再構築しなければならなかっただろう、・・・。想像していた通りだった。そう、間違いなく、彼は恐れている、・・・。自分に招待状が送られて来た理由を、それを受けて出掛ければ、そこでどう云う接待を受けるかを、そして、それに耐えることはできないだろうと云うことを、知っていたからに違いない、・・・。ようやく落ち着き始めた腹の中を掻き回そうとするような男の招待に、今此処で応ずる訳にはいかない、何故なら、受け取ってしまった配当を返すには、あまりにも遅過ぎる、・・・。
 事実、その話は二度と繰り返されなかった。

-Jan/22/2000-

・・・つづく・・・



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