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[小説 時] [78 汚点]

78 汚点

 会社に着いた時には、椅子にも座れない程ずぶ濡れだった。部屋の方々で整髪用のドライヤの音がし、空調機の前は椅子の背凭れに掛けられた上着が並んでいた。

 扉を閉めてしまえば外の光が届かない会議室で、月例の打ち合せが始まったのは、定刻を一時間以上も過ぎてからだった。それでも、何人かは遅れ、何人かは結局姿を見せなかった。何時ものように会議は始まり、突然の雨の話題を除いては代わり映えのしない話が続いて、そして何時ものように終わった。執拗に襲ってくる眠気に耐えるだけだった会議が終わる頃には、濡れた靴も乾き始めていた。

 会議室を出ると、既に雨の上がった空を窓越しに見ることができた。夏の陽が戻って、街は煙っていた。

何時も、自分の知らない間に変化の瞬間はある、・・・これまでづっと、例えそれが自分に大きな関わりのあることでさえ、それに関わることができなかったと云う、或は、その瞬間に自分はそこにいることができなかったと云う、いかにも遣り場のない不満とか苛立ちとかをどうしても拭い切れなかった。

 期待していたことが期待した通りになっていれば、少なくとも、その場所にいることができさえすれば、濡れるようなことはなかったに違いない、・・・。いや、・・・それよりも先ず、何故濡れることを恐れたのだろうか、・・・。それさえなければ、目の前に立ち塞がっていたものからの解放感を、素直に受け入れることができる、誰もがそうしている、自分も例外である筈がない、・・・。

 しかし、・・・自分はそうすることができなかった。濡れることを、恐れていた。・・・一旦濡れれば乾くことはない、乾いても消すことはできない汚点となって残るだろう、・・・そう考えていた。・・・帰らなければならない、・・・此処に留まる限り、傘を手に入れることはできないし、手に入れることができたとしても、自らの手を以って、それを開くことはできないのだから、・・・。

 もう時間がない、・・・。

-Dec/18/1997-

・・・つづく・・・



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