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[小説 時] [69 手形]

69 手形

 一年祭は何事もなく済んだ。

 その年、雨の少ない梅雨が終わって、初夏の穏やかな暑さを経験することもなく、夏はすぐにやって来た。夏になれば、橋の上からは、水遊びをする子供達や、釣糸を垂れる人や、投網を打つ人達が見える筈だった。しかし、何時もなら、荒々しい水の流れを見ることができる川には、細々とした流れがあるだけで、魚が住める程の水量もなかった。

 季節のけじめがはっきりしない年は、何かにつけて不安だった。

 事実、一年が過ぎても、期待していたことは何も起こらなかった。・・・いや、起こる筈がないことは始めから分かっていた。一年は、彼等に与えられた時間ではなく、自分自身が必要としていた時間だった。だが、自ら望んだ時間だったにも拘らず、それは惨憺たるものだった。まだ経験したことのない不安があった。

 自ら振り出した手形の期日が迫っていた。

 どうするの?
 何が?
 結婚よ。
 姉さんからそう言われるのは辛いよ。
 わたしだけじゃないわ。お父さんも、口にはしないけど心配してるわよ。
 もう少し、待って貰えるように頼む心算なんだ。
 でも、約束してから、もう、二年になるのよ。幾ら事情があったにしても、これ以上待って貰うのは失礼でしょう?
 解ってる。
 まさか、気が変わったと云う訳じゃないんでしょうね?
 そんなことはないよ。
 じゃ、何を考えてるの?
 何も、・・・。
 何か隠している事があるんじゃない?
 そんなこと、ある筈がないよ。
 正直に言って。
 姉さんには、できれば話したくなかったけど、考えていることはある。
 話して。
 お母さんが確かに生きていたのは、・・・あの日の夜までだった。・・・それから、一日以上も、生かされていたことになる。もっと正確に言えば、生きているように見せかけられていたんだよ。
 まさか、・・・。

-Nov/15/1997-

・・・つづく・・・



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