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[小説 時] [57 甲板]

57 甲板

 選挙の結果は、四ケ月も前の出来事などを、人は記憶に留めておくことができないのだと云うことを、はっきりと証明してみせた。気が付くと、足元には、自分の或いは思いを遂げられなかった人達の、大きかった夢の無残な断片が散らばっていた。あの人達は、あの騒々しい何日かに何を賭けたのだろうか?・・・それは、一体賭けるに値するものだったのだろうか?・・・結局、そうした疑問への答えは積み残された儘だ、そして、何年か後には、又、同じ騒動が繰り返されるに違いない、・・・。だが、自分は、もう、賭けることはない、・・・。

 秋も遅くなって、次年度の概算要求折衝が始まり、総合運動場建設の計画は確実となった。父は、兄の反対にも拘らず後援会の職を辞任し、社長職を兄に譲った。それは、いかにも父らしい、最後の抵抗なのかもしれないと考えていた。だが、大勢はどうやら違うようだった。父の辞任は、事故に関する一連の噂に幕を引くための、大見得だったのだと、・・・。

 何もかもが終わり、何もかもが、以前と変わらなかった。

 少し、寒くありませんか?
 身体を動かすには、丁度良いさ。さて、まず甲板から始めよう。お前はキャビンを頼む。
 良いわ。委せて。
 これが最後かと思うと、辛いですね。
 長い間、良く走ってくれたよ。・・・本当に、可愛い娘だったな。見かけは、それ程じゃないけど、継ぎ接ぎだらけでねえ。もう少し、丁寧に扱ってやれば良かったな。
 いざ別れる段になると、・・・思い出すことが、随分ありますね。してやりたかったことも、たくさんある。
 そうだね。・・・最後に、ワインを飲ませてやろうよ。
 それは良いですね。好きでしたからね。・・・良く飲んだな、この娘。海水よりも、ワインやビールの方が多かったかもしれない、・・・。
 それでも、酔わないところが、何しろ立派だったよ。

 天気は良かった。風もなかった。しかし、空気は冷たかった。

 休みなしに動いたせいで、どうやら午近くには片付けも済んだ。傷を修理することまではしなかったが、汗の代償は確かなものだった。持ち帰る荷物を車に運び、代わりに食器と料理の材料を船に運び込んで、仕事は終わった。

 管理室のシャワーを借りて、交替で汗を流し、着替えて船に戻り、食事の仕度に取り掛かった。何時もなら、簡単なものしか作れなかったが、今日は、しかし、特別だった。テーブルには、この日のために用意したクロスが敷かれ、特別の食器と料理と酒が並べられた。仕度が終わると、ワインを持って甲板へ出た。

 満天に星を従えた大きな月が眩しかった。

-Nov/2/1997-

・・・つづく・・・



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