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[小説 時] [10 経験]

10 経験

 忙しいのは分かるよ。だけど、どんなことにだって限度ってものがあるだろう。
 そうですよね。でも、・・・解っていながら、どうすることもできないことって、ありませんか?
 そんなことは数え切れない程あるさ。でもね、考えようによっては、これは仕事よりも大事なことでしょう?
 ええ。明日、できるだけ早く帰りますよ。・・・一度、会社に寄ってからですが、・・・。机の上を、少し片付けないと、・・・。
 待ってるだろうな、きっと、首を長くしてね。・・・連絡はしたの?
 いえ、こんな時間ですから、・・・。
 少しは、待つ身にもなってあげたら?・・・男にはどうでも良いことだって、女の人には、そう簡単に済ませられないってことがあるんだよ。
 そうですね。
 これからすぐにと云う訳にもいかないだろうけど、せめて、夜が明けたら、できるだけ早く帰ってあげなさいよ、ね?
 そうします。

 ・・・あの娘、がっかりするだろうな。
 えっ?
 本人からはっきりと聞いた訳じゃないんだけど、・・・。
 気が付きませんでしたね。
 親の勘さ。まず、間違いないね。・・・一週間も間が開いたりすると、店には顔を出すのに、どうして寄ってくれないんだろうって言い出すんだよ。・・・分かるだろう?
 止めましょうか?・・・勉強の邪魔になるようなら、・・・。
 気にすることはないさ。・・・まあ、親の気持ちとしては複雑だけどね。こう云う経験は、無駄にはならないと思うよ。
 急に、ですか?
 年が明けてからだと思うな。結婚の話を聞かされたのが、丁度その頃だからね。
 そうですか。気が付かなかった。・・・それなら尚更、きちんと説明して、止めましょう。この大事な時期に、つまらないことで無用の負担を掛けるのは、可哀相ですから。
 そんなことを言わないで、続けてよ。頼りにしてるんだからさ。・・・それに目標があるんだろう?
 聞きましたか。
 もう、高校生なんだから、そう云う経験も避けて通ってばかりはいられないよ。そのために、何か問題があったと云う訳じゃないし、・・・それに、むしろ、なかなか見る眼があって頼もしい限りさ。・・・そうだ、車は、明日、運んでおいてあげるから、今夜はうちに泊まったら?・・・その方が幾らかでも早く出られるだろう。
 そうですね。ありがとうございます。
 良いんだよ。何時ものことなんだし、あの娘も喜ぶよ、きっと。
 その件は一度、話をしても良いですか?
 是非そうしてやってよ。もう、他人の話を理解すること位はできる筈だからね。

 疲れた。

 何故、此処へ来てしまったのだろう、・・・帰る心算があれば、車でも列車でも、都合は付いたのに、・・・せめて、連絡はすべきだったかもしれない、確かに、できない理由は、何処にもなかった、受話器を取ることは、何時でも出来た、番号は覚えている、機会は幾らでもあった、・・・それなのに、何故しなかったろうか、・・・。

-Aug/23/1997-

・・・つづく・・・



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